『日日是好日』形と心の不思議な関係(総括版レビュー)

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日日是好日

樹木希林さんの遺作映画『日日是好日』は、晴れ晴れとした作品だった

樹木希林さんの最後の出演作『日日是好日』を先行上映で観てきた。予告編から、優しい空気の流れる作品だなあと思っていたのだけれど、まさにその印象通りの作品だった。樹木希林さんも、亡くなるほんの1年弱前に撮影したとは思えないくらい、死の匂いのない、朗らかな役柄だった。新聞広告で「死ぬときぐらい好きにさせてよ」と謳ってみせた彼女の遺作が、こういう晴れ晴れとした作品だったのが、トコトン粋に感じるのは僕だけだろうか? 以下、印象に残ったことを書いていく。

物語を動かすのに、大きな事件は必要ない

劇中、大きな事件はほとんど起こらない。黒木華が演じる主人公・典子の20歳から44歳、干支二回り分の人生を描いているから、そりゃ喜怒哀楽さまざまなできごとはある。けれど、それらはあえて深く描かれない。心の動きを描き、話を進める役割は、お茶を学ぶシーンや、お茶の先生である武田先生(樹木希林)との会話が担う。派手な波風を立てずとも、日常のふとエピソードの積み重ねだけで物語として成立させてしまう上手さは、北村薫の小説に似た印象を受けた。

頭で考えずとも手が動くという確信が進路に対する決断を後押しし、激しい雨音に耳を傾けることで別れの悲しみとの向き合うきっかけになり……。典子が人生を味わい、前へと歩んでいく過程は、すべてお茶を通して描かれる。


フェリーニの『道』と茶道、2つの道は、人生という言葉で交差する

典子の言葉の中でもっとも印象深く感じたのが「世の中には、すぐ分かるものと、すぐ分からないものがある」というセリフだ。そして、すぐ分からないものとして明確に描かれたのが、イタリアの映画監督フェリーニの名画『道(原題:La Strada)』と茶道、2つの道だった。

10歳の頃、はじめて『道』を観て、感動どころか意味すら理解できなかったという典子が、歳を重ねていくなかで「この映画を観て感動できない人生なんてもったいない」と感じるまでになる。20歳の頃、はじめてお茶に触れて、理屈で語りきれないお茶を“変”だと感じていた彼女が、人生の山や谷をお茶と一緒に乗り越えていく。そこには、すぐ分からないものを、長い時間をかけてゆっくりと咀嚼していくことの贅沢さがある。

この2つの道に、あえて共通点を探すなら、どちらも人生を表すものだということだろう。人生の儚さやままならなさを描いたフェリーニの『道』。人生のなかで起こるあれこれを、味わい、消化する助けとなる茶道。イタリア語である“Strada”と漢語の“道”、遠く離れたところで生まれたはずの2つの言葉が、似たような意味を持つことに人間の感性のおもしろさを感じる。中学生のころ、Dreamが、“夜見る夢”と、“将来の夢”の両方の意味を持つことを知ったときの感動を思い出した。

生き方とは、生き形の先にあるものなのかもしれない

一方で、武田先生の言葉のなかで印象的だったのが「お茶はね、まず形なのよ。先に形を作っておいて、その入れ物に、後から心が入るものなの」というセリフだ。序盤のセリフだが、よく言われる、「形式より心が大事」という言葉とは真逆で、妙に心に残った。映画を観終えて、物語を咀嚼するとき、それこそ今この文章を書いているとき、この言葉がより印象深く蘇る。

茶道に限らず、芸道(書道や華道、香道など)や武道(柔道や剣道、空手など)は形を重視する。応用し、使いこなす前に、決まった形を覚えることが先にある。西洋武術でも最近は形稽古を取り入れているけれど、歴史は浅い。形を重視するのは、東洋の“道”の特徴なのかもしれない。

そう考えると、茶道は、生き方(思想)そのものではなく、生き形(技術)の集合なのかもしれない。美しく見せる技術。美しさを感じ取る技術。美しさとは何かを考える技術。それらを習得していった先に、技術という器に心が注がれ、心という糊が器をつなぎ、生き方になっていく。茶道の知識はまったくないので、間違っているかもしれないけれど、映画を観て感じたのは、そんな循環だった。

(蛇足)アートの語源は「技術」

形を重視するのは東洋の道の特徴、なんて書いたけれど、アート(ART)の語源が「技術」であることを考えると、西洋にも似たような感性があるのかもしれない。ARTが技術を意味していたことの名残は今も残っている。たとえば、ファンタジーゲームをする人には馴染み深い言葉のアーティファクト(Art-ifact)は人工物とか工芸品を指し、技術でもって作られるものを指す。マーシャルアーツ (Martial Art-s)は武の技術=武術だったものが、総合格闘技を指す言葉として使われるようになった。

その後、ARTは意味を広げ、現代もっぱら使われる“芸術”、「リベラル・アーツ(Liberal Arts)」=教養課程に名残の残る“学問”、などを指すようにもなる。技術(形)の先に、芸術や教養、そして心があるというのは、なんともおもしろい。

(蛇足2)理系解釈? というか、いちゃもんも書く

お話には全然納得しているのだけど、「なんでも頭で考えない」というスタンスは自分は無理だなあと思った。考えるのがアイデンティティみたいに思ってるところがあるので、その視点で感じたことも、これとは別に理系解釈版レビューも書いてみるつもり。

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